南京事件について 🔑

かなり以前でしたが、当地の市長である某氏が南京虐殺事件は無かったのではないかと中国から来た友好使節団へ語りかけたことが大問題となって、中国側から大きな反発が上がっています。
 いくつかの友好事業や使節の交換も停止されており、市長側が訂正もしくは打ち消しをしない上、正しいことを言ったまでと反省していないことで余計にこじれている様子です。

 彼が言うところの正常な戦闘行為での犠牲者は仕方のないことであり、南京占領にたいして敵対した勢力と戦闘行為があればお互いの犠牲者が出てもやむを得ないことで、民間人に対する組織的な大虐殺事件ってのは無かったのではないかという考え方である様子です。
一見大変正しいようにもみえるし、彼自身も間違ったこと言っていないと開き直っています。また多くの日本人も同じように考えているとも思われます。

 かっての戦争は太平洋戦争と名付けられているようにアメリカを相手に太平洋で争われたと考えられており、南洋諸島から始まり、フィリッピン、沖縄と攻撃されて全て玉砕と言われる完全敗北を喫したうえ、本土も空襲で廃墟と化し、最後は原子爆弾を落とされて無条件降伏をしたことで終結しました。これがかっての戦争に対する一般常識だと思われます。
 しかし、本来この考え方はアメリカから見た戦争であり、名前の付け方も同じくアメリカが命名したものなのです。日本が大東亜戦争と称していたことから明らかであるように、中国を主としたアジア諸国を戦場として行われた戦争でもあったのです。
 この戦争のもとは日本が中国の東北部を手始めに領土拡大に突き進み、朝鮮、台湾の領有に留まらず、満州を属国として独立国に見せかける工作が中国からは勿論、国連各国からも認められず、中国への侵略と捉えられました。

 かの悪名高きドイツのヒトラー及びイタリアのムソリーニと三国同盟を結び、あろうことか国連を脱退した上で、フランスがドイツに降伏したことから当時フランス領であったインドシナ半島を強奪してアメリカを怒らせ、ハル・ノートをつきつけられてドイツとの同盟を破棄して中国とインドシナから撤退しなければ石油輸出禁止という経済制裁をするという通告を受けました。
当時のアメリカはモンロー主義で他国の戦争には関わりたくないという政策があったのですが、出身を同じくするイギリスがドイツとの戦争で苦戦をしていた折から、ドイツを敵視していましたから、余計に日本を許せなかったのでしょう。
 ところが日本は妥協することなく、石油をインドネシアから強奪するという目的で(南方資源の確保と言い方を変えていました。)、軍隊を派遣することになるのですが、その邪魔をされないようにシンガポールのイギリス要塞を落とすためマレー半島へ上陸してマレーとシンガポールを攻略するとともに、周到に用意された作戦でインドネシアを攻撃しました。同時に米軍の基地があったフィリッピン、ハワイなどにも奇襲攻撃の形で戦争を始めました。中国に加えてアメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアなどにも戦争を仕掛けるという狂ったとしか言いようがない国策へと走ったのです。
勿論中国との戦争を継続している途中でのことであり、戦線の大拡大になったわけですから、国力を遥かに超えためちゃくちゃな戦争であることが判ります。
当初は周到に用意された奇襲攻撃の形でしたので大成功に見えましたが、当然のこととして中国は勿論、アメリカ・イギリス・オーストラリアなどが連合軍として反攻を始め最後はボロボロになって300万人とも言われる犠牲者を出して無条件降伏という大敗を喫したのです。
この時を期してソビエトも戦後の利権獲得のために参戦し、満州や北方領土と言われる樺太・千島などへ攻めこんできました。このロシアはシベリヤ開拓の奴隷労働者として50万人にも及ぶ日本人を抑留したことで大きな犠牲を払ったことは記憶に残っていることです。

 このように戦争のもとは日本の中国大陸への侵略だったわけです。

日清戦争では台湾を奪い取り、朝鮮半島の利権も獲得し、日露戦争においては中国や朝鮮の土地の領有権を争う戦を現地で行った結果、中国の東北3省を獲得し、満洲国の元を築きました。樺太の南半分と千島の領有権も獲得しました。
日本を守る戦いと称して朝鮮と中国を戦場としてしまったのです。
日露戦争で大きな戦闘があった旅順や奉天(現 瀋陽)などの地名は有名ですが、日本でもロシアでもなく中国の土地を戦場として戦ったのです。なお、国力を使い果たして戦闘の維持も困難な状況下で講和したので、実情を知らされていない国民の間では獲得した戦果が少ないと不満が起きたということがあったようです。
この日露戦争では英国・米国の資金援助や後援を得たことで勝利に繋がったことを殆どの日本人が忘れてしまっています。
有名な日本海海戦における連合艦隊の三笠他の軍艦は全て英国製であり、国家予算を超えるような軍費は英米からの応援資金でした。

満洲国を独立した国として中国から分割したことから、中国との戦争が始まったわけですが、こうした中、南京事件は圧倒的な武力で攻め滅ぼして日本軍が占領する際に生じた事件です。
当然一部の勢力が抵抗をし、民兵組織を作って抵抗したことは考えられます。これを日本側では匪賊と呼んだり、便衣隊と呼んだりして、正式の兵士ではないゲリラとして優勢な日本軍が彼らを征伐(殺戮)したと考えられます。これを正当な戦闘行為だと言うのが某市長の考え方と思われます。

当時はまだ太平洋戦争は始まっておらず、南京には西洋各国の領事館や報道記者が沢山駐在しており、海外ではその記事が保存されて見ることが出来ます。
 当初は南京市内へ逃げこんできた中国兵が略奪を行ったようですが、敗色が濃くなってからは、武器を捨てて民間人に紛れて逃げようとする兵が引きも切らずという壊滅状況であったようす。

当然数万にも及ぶ投降兵がいたわけですが、彼らを捕虜とせずに全て虐殺してしまったということが明らかになっているのです。外国の報道でそれを知った軍幹部は全ての関係書類を廃棄して証拠隠滅を測った様子が伺われます。貧しい日本軍には捕虜に食べさせる食糧の予備もなく、当時の司令官が捕虜を取らないことを命令しています。


戦時の記録は国が保存をしていますが、南京事件の関連記録は残っておりません。当時の軍部が意図的に廃棄したと思われます。しかし未だに日米戦争は始まっておらず国際都市の南京には欧米の領事館や報道の記者が多く滞在しており、目撃情報が保存されているのです。日本側にも公式な記録ではありませんが兵士の日記や手紙などは結構沢山残っているのです。

南京占領の国内報道が行われたのも数日が経過してからと言われます。国際条約で捕虜には寛大な取り扱いが決められており、かっての日本は評価されていたので、まさかのこととして驚きと失望に見舞われたというようなドイツ人記者の報告書も見つかっている様子。

民間人に紛れ込んだ中国兵の捜索としてすべての民家が略奪にちかい荒らされ方をし、沢山の民間人も巻き添えになったという。

戦後の南京裁判では100人を斬り殺したとか、300人を斬り殺したという日本軍の将校4人が死刑となり、その際に30万人という数字があげられたという。屍骸は埋められたようですが、かなりの数が揚子江にながされ、川が死体で埋まっていたという話があるくらい。


 戦後に行われた極東軍事裁判ではさすがに30万人はないだろうとして20万人に削減された様子ですが、軍幹部が捕虜をすべて虐殺させた責任で当時の方面軍総司令官も死刑となっています。

これを通常の戦闘行為の中で事件で中国側のいうような南京虐殺事件はなかった、と日本の責任ある人が発言すれば中国側が怒るのは当然。
中国と日本が逆の立場に立ってみればどのように考えるのか、よく分かるはず。
手を上げて降服した敵軍をふくめ、また市民に紛れ込んだ兵士を戦争行為の一貫として処刑したことを当たり前のこととするのは戦争の勝者なら理屈をつけることも可能かもしれませんが、無条件降伏で負けた側が主張できることでは無いのです。

中国は戦後処理としてこれらを戦争犯罪者としてあまり厳しく処刑しなかったようですが、シンガポールやマレー・インドネシア・フィリッピンではB級、C級の戦犯として1,000名にも上る日本の軍人が処刑されているのです。
30万人にも上る大虐殺という行為は大げさな数字である可能性もありますが、数万人の投降兵や民間に紛れ込んだ者を探しだして殺害したとして、戦争犯罪として処罰されていることも事実なのです。

中国側が戦後においてこれらを厳しく処罰せずに殆どの日本人を開放して帰国を許したことは感謝の対象に考えるべきことであり、中国側が大虐殺があったと言っていることに対し、敢えて反論する必要は無いのです。犯罪者を差し出せと言っているわけではないことを理解すべきです。又、彼ら戦争犯罪者を含めて英霊として祭り上げている靖国神社にも許しがたい感情があると理解すべきでしょう。
 
実際の犠牲者数については資料も残っていない現在証明する手立てもないし、30万人とか20万人という数字が何処まで信憑性があるかの議論は学者に任せれば良いこと。
中国から来た親善使節団を前にして自らそれを否定するような提言をするという非礼というか無知な言動は許されません。

アメリカが日本に対し、民間人の大殺戮は無かったと主張していたらいかが感じますか?
原爆を含め無差別な本土爆撃で100万にも近い一般人が亡くなっています。
勝者側のアメリカの発言であっても大きな怒りを覚えるのに、敗者側の日本が中国に対してそれを主張したことになります。中国は日本との戦争で700万人にも上る犠牲者を出していると言われているのです。
これらを踏まえた上で国としては過去をお詫びして謝罪していることを土下座外交だと罵ったり、正しく歴史を見ることを自虐史観として否定する右翼的な思想が勢いを得ていることは大きな間違いであり、中国や韓国が日本に対し歴史を直視しろと要求していることにも理解を示すべきです。これらは彼らの言うことに従えという事ではありませんし、国益第一で考えなければならないことは勿論ですが、彼らの立場にも理解を示すことが大事な事ではないでしょうか?

国家間の政略が絡んだ微妙な問題に軽々しく、口を出し相手の感情を逆なでしたことに何らの反省を感じていないという、馬鹿な田舎のオッサンだと沢山の日本人も感じているはずです。

中国へ出征した多くの兵隊が殺人・強姦・略奪などをいっぱいしてきたことは想像に難くありません。 どこの国でも、どこの戦場になった地域でも同じようなことは起きるのです。
勝った側が賠償を要求し、負けた側はそれらを全て認めた上で初めて講和となるのです。
なお、中国だけは我が国に対して正式に賠償請求をせずに済ませたという恩義もあるはずです。

満州は勿論、朝鮮、台湾も返還したうえ、軍も解散して無条件降伏をした我が国が、戦争中に起こした戦争犯罪事件について確証も持たずに今更それは無かったという言えるのか?  30万では無くて数万なら戦争犯罪では無かったのか?  犯罪者の処罰はされていないのです。おそらく中国からの帰還兵の中には南京で何人もの無抵抗の敵兵を切り殺した兵が沢山いるはずです。 国民全体で隠してしまっている状況なら、日本人全体が共犯者なのでしょうか。

戦後にナチスの関係者を戦犯として告発したというドイツとくらべると違いが際立ちますが、そのことがあながち悪いのではなく、事実関係を忘れてしまって正当な戦争行為での犠牲者だとして特段の南京事件などはなかったと、しらっと開き直っている某地方政治家に結構多数の支持が集まっていることに怖さを感じています。
又同じ過ちを起こす可能性があると思いませんか? 恐ろしいことです。   今後中國・韓国等と争いを起こしアメリカの仲裁を蹴り、最後は又アメリカに叩き潰されることを繰り返しそうな??????????

思えば昭和という時代は日本国の歴史上最も大きな激動の時代でした。

追記
最近になって大阪市長の橋下氏が慰安婦問題について同じような発言をしています。
被害者である中韓ではなく、アメリカが最も大きく反発している現状は常〃私が述べていることを裏付けしています。
300万人の死者を出した大東亜戦争の犯罪者を自ら訴追したことがない日本はいわば一億すべての国民が共犯者ということになる。戦争を知らない世代の彼も、歴史は勉強できるはず。日本国民が背負っている贖罪の気持ちを忘れてバカな発言を繰り返す、アホな政治家第2号か。

追記2
鳩山氏が又また時事話題に登場しています。

 尖閣は係争地であり、日中で棚上げになっていることを明言し中国側の主張が正しいと、日本側を批判しているがごときにメディアの前で公言したというものです。
事実その通りであろうと思いますが、国家の外交に関する大きな問題を相手側の国へ出かけて公言するのはちとどうかと思われます。国賊などという文字まで踊っており、日本の右傾化が進んでいるのも実感できます。
政治家の一員ならば、国益は大事な部分ですから軽々しく触れる問題ではないかもしれません。
しかし、一方において対米一方向だけの外交をしてきて、隣国との関係を修復できていない現状はいかがな物でしょうか?。
独立国とは言えない日本の現状が最もあらわれているのが憲法の様な気もします。
アメリカから与えられた平和憲法ですが、守ろうという機運も大きくあり、改正しようとする動きと拮抗しているようす。
いっそ独立を捨ててアメリカの一つの州として(ハワイのごときに)なるのが一番かも知れませんね。
それ以外には、韓国にも、北朝鮮にも、勿論中国にも負けてしまうような、武力を持たないと憲法で宣言している国が、相手側の言い分は一切聞きませんでは、どうにもなりゆかないでしょう。

韓国のように長年中国に支配を受けてきて今なお、へつらっているなか、日本が妥協をしない姿勢を変えないことが、吉と出るか、凶となって戦争への道になるのか、難しいところへ来ています。

                          マンダム記