物事は考え方次第 協調性と同調圧力 💚

いろいろなSNSに参加しており、ネットでの会話や議論に参加しています。あほらしいような偏った提議もありますが、一面の真理をついている物もあり、興味深く読みとっています。
特に日本人の常識と言われる考え方:協調性とアメリカのような各個が自由に振る舞うことの差について思うところがあって書き述べてみました。
 アメリカにおいて時々デモが暴動化して商店などの略奪が発生したとか、集団での議会襲撃事件とか、ホームレスが沢山いて治安が悪い話、銃撃事件で多くの人命が亡くなっていることなどがニュースとして目につきます。
 戦後、全てアメリカを先進国として勉強しながら科学技術から映画や音楽などの文化、自動車や洗濯機からTVなどを含む生活様式まで取り入れて、進んできたのですが、アメリカの実態を目にする機会が増えると”はてな”と感ずることも増えて来ます。
片や、日本では道路上に置かれたゴミ箱が溢れて汚いと言う現象を改善する手法として、ごみ箱を増やそう!や、ごみ箱の大型化を図る(米国式)ではなくて、ゴミ箱の撤去、ゴミの家庭への持ち帰り、という世界で誰も考えないようなマナーの押し付け的な改革を行い、世界一綺麗な街を実現しました。その他にも犯罪が少なく、治安も良いので子供が一人で電車通学することや、トイレでのお尻を自動で洗浄する機械の普及など、世界で日本だけというような特異な世の中になっています。
 スポーツ(サッカー)の応援団が客席の掃除をして帰ったというだけのことが世界的なニュースとなっていることなどから考えてみると、こうした日本の社会マナーなどが実現した本質を考えて見るとき、日本独自の協調性を大事にするという考え方に隠れている”同調圧力”や”仲間外れ”、”村八分”などというような思考が影響しています。すべてが揃って同じ行動をすることや、考えることや言葉に出すことまで周りの空気を読んでするという自主規制に従って行うことは、逆側から見れば一定の規制を押し付けられているとも言え、子供の世界まで”いじめ”と言う手法で押し付けがされている、という一つの観方が出来るような気がします。

    

 同調圧力や昭和世代が支配する日本社会を嘆く若者の提議に対し、学習不足の若者が社会マナーをわきまえないで勝手に物を言ったり行動したりするから、周りから白い目で見られることを感じて言う言葉でしょ? もっと勉強しなさい。 若者同士でも空気を読むって言葉があるでしょ? で 片付けていたのですが、、、、、、、。

 片や野蛮な行動が目立ち、公衆マナーが欠けていると感じられるアメリカが経済発展により国力がアップし、日本は長年停滞していると言う現実に何が違うのか?と考える必要があります。集団行動を大事にする体質は改革を拒むのだと、判断出来るのです。今ある形を改善するのなら受け入れられますが、ぶち壊して新規に作り直すという改革は出来ません。これが日本の体質なのです。バブル崩壊から30年、改善はし尽しているのです。思い切った新たな仕組みを作り、今までの考え方の切り捨てが必要なのです。それを出来ない体質が見え隠れしているのが同調圧力なのかもしれません。日本の良さだと自慢していた集団的行動や自主規制による、社会マナーの醸成などは、実は日本を閉塞社会に貶めている第一の犯人かもしれないのです。”ゴミは家庭まで持ち帰りなさい”と強制されることを受け入れる体質がもたらしたものが綺麗な街の実現なのです。まさに同調圧力のもたらしたものかもしれません。この件のモデルはシンガポールであり、ゴミや吸い殻のポイ捨てが犯罪として警察が取り締まるという法制度の下で実現したことなのです。
 周りと同調しない独自な発想や天才的な発想が許されないと感ずれば発明は出来ません。科学者、医学者などがアメリカへ出て研究を続けるという意味が理解できます。教授の考え方と違う研究は日本では出来ないのです。それでも結果が出れば日本でも賞賛されますが、結果が出るのは万に一つなのです。すでに有る物の改善じゃなく、無いところから作り出す、もしくは今あるものを壊して新しく始めることが求められる世界では、日本的思考法は大きなマイナスかもしれません。
このことが現状の日本社会の閉塞感になっているとしたら、、、、、怖いですねぇ。
 改善しか出来なくては開発する国の後追いだけになるのです。同調圧力の対角線にあるのが、多様性の容認ダイバーシティ)であり、新な言葉:カミングアウト(内緒話のうちあけ)をアウティング(ばらまく:公表する)などが虐めに等しいものとして非難される時代になってきました。改革とは失敗することを含めた実験を受け入れることであり、爪はじきする事じゃないと考え直さなければなりません。このことは、最近のLGBTに関する政治家の発言が問題化していることなどとも関連しています。同性婚が許されていないのは先進7ヵ国では日本だけだと言う。日本的な協調性から考えれば至極当たり前な考え方ですが、国際的な協調性からは外れているのです。
 ゴミは持ち帰りなさいという圧力を全国民が受け入れた国ですから、身勝手を許さないという同調圧力の解放には時間がかかると思います。いや、出来ないのかもしれないと考えると、日本的な良さ(美点)だと考えていたことが、果たして、、、(-_-)。
 思えば自分自身が圧力を加えている一員としての犯人でもあり、圧力にさらされている被害者でもある、反省しつつも、今後変えてゆかなければならないとすると、難しいものを感ぜざるを得ません。
 しかし、道路上にあふれるゴミの対策として、「ゴミ箱を増やそう。もしくはゴミ箱を大型化しよう。」という改善策では無く、ごみを捨てる場所が設置されているから、ごみ箱があふれてしまい、結果的に道路が汚れるのだから、ゴミ箱を撤去してごみを捨られないようにする、という逆転的な改革案を作り出したのも同じ日本人なのです。経済問題も、政治問題も、防衛対策もこうした逆転の発想から対処する道が出てくるかも知れません。皆で一緒に、から出て来た逆転の発想なのですから、新たな思い付きを「馬鹿なことを!」として片付けないで、いろいろ発表させるという、広い許容度を持つ社会性に変えてゆくことが大事でしょう。最近ではダイバーシティと言う言葉が流行り、多様性の容認が話題になり、LGBTなど性の多様性も容認する社会にむけて改革が進んでいるのもその一環です。
 トヨタを元に始まって大成功を収めた「改善」から卒業して、今あるシステムをぶち壊して新しい仕組みを創出する実験に投資をすること(お金がかかるのです。)が必要です。米国のシリコンバレイが一つのサンプルであり、山の物とも海の物とも知れない研究にお金を出す投資家や銀行が必要なのです。ある程度の失敗を見込んだ先進の研究が進められるシステムの良き前例だと思えます。
今までの日本人では出来ないことですが、やらねばなりません。

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