古代史推論

最近歴史に興味をもちだして、いろんな書物を読んでいます。それらの中から得たヒントを元に推理したものを、2~3思いつくままに書き述べて見ました。世に一般的に言われている常識論とは全く違いますが、これが真理だと確信しています。

 まず歴史というものが書き残された文書から読み取るものとして捉える場合は、その文書は歴史そのものではなく歴史物語りであり、常にその時代に覇権を握った者が、書き残させた記録文書であったはず。大きな人数と組織が無ければ膨大な記録文書を書き残し保存することは、不可能であり、大帝国の王者に所属する文書博士の仕事であったのです。  当然、覇権者にとって都合の悪い部分は常に塗り替えられていて、下克上で覇権に就いた者は、以前の勢力を悪役に仕立て上げたうえ、自分が正義を実行したことになっているのです。
 学校で学んだ歴史学は、参考に取り上げた歴史書にはそう書いてあると言う紹介をされただけ。真実は一人一人が自分の中で推察して作り上げるものだと思います。万人にとっての真実はありません。見方・考え方の違いにより、正邪が反対になってしまうことは良くある話です。

 ヨーロッパ、中国、日本それぞれ古代、近代、現代と歴史が著されたた文書は沢山あるようですが、近代ヨーロッパにおいては常に英国の大陸への干渉があり、フランスやスペインが強大になり過ぎるとこれをつぶし、覇者であり続けた英国が世界の近代史を作って来たという事実を忘れてはなりません。

現に今使われている世界中の国の名前も英国が勝手に付けたものであり、その国において、過去のどの時代にも存在しなかった呼び名を英国が勝手に付けて世界へ押し付けているのです。
古代文明で有名なギリシャが「ギリシャとはどこの事かと」ソクラテス が言ったとか(笑)。古代ギリシャには都市国家の考えがあって、地域連合帯としての国という概念は無かったようですがHelen(ヘレン)の国という意味でHellasという名前をギリシャ人が自分の国を呼ぶ名前として大昔から継続して使用しています。ヘレンという名はトロイヤ戦争においても使われます。
なお、現時点でのギリシャの国連名は Hellenic Republic ですので、ヘレン共和国と訳すことが出来ます。
  だからこそ、アレクサンドロス大王 (トップ画像-Wikipediaから拝借) が世界へ広めたギリシャ様式の文明をヘレニズム文化と言う呼び名で使っているのです。学校ではこの由来についての説明もなかったようですから、なぜギリシャ文明のことを ヘレニズム と言うかについて、説明できる日本人は僅かしかいないと思います。

 ジャパン(Japan)がマルコポーロの Zipang からということは容易に想像がつきますが、マルコポーロがなぜ日本のことを Zipang と聞き知ったかをついて考えてみると、こんな考察が可能です。すなわち、日本という文字のうち「日」は漢読み=音読みで「ジツ」か「ニチ」のどちらかであり、ジッポンでもおかしくありません。文字で書いた日本をジッポンと元の時代の中国人が読んだとすれば、Zipangとローマ字で書いたことが理解できます。

又、ローマ字の読み方は民族・時代によってまるで違います。それはヨーロッパ各国において同じ聖書から採ってつけた人の名前の読み方に端的に現れています。ヨハネ(Johane)という聖者の名前は聞いたことがあると思いますが、ほぼ同じようなローマ字による表記をイタリアではジョバンニ、スペインでファン、フランスでジャン、イギリスではジョン、ドイツではヨハン、ポルトガル・ブラジルではジョアン、ロシアにおいてはイワンと読むことになります。Jから始まるローマ字表記が国によって全く違う読み方になる良い例です。ドンキホ-テが Don Quixote、と書かれる事、青島(チンタオ)が Qin Daoと表すなどに見られるように、発音は国により、時代によって大きく違います。それらのローマ字表記を英語で読み上げて英語で表示したらまるで違うものになってしまいます。秦が最初に成立した中華大陸の国ですが、フランス語で表記し、シナと発音した言葉を英国人が読んだらチャイナになった、既に滅びて存在していない名前です。 英語の国名とはそんな程度のものであり、けしからん話です(笑)。英国に最も近いヨウロッパにおいてさえ、エスパニアがスペインになりゲルマン人の国だからドイツをGERMANYにしたり、ハンガリーに至っては元(フビライ)がヨウロッパを攻めた後フン族(HUN)の支配した辺境の国(GARY)としての名がついています。アジアにおいては更にひどくインド、ビルマ、チャイナなど、すべてその国の人々が自分の国を呼ぶ名前とは全く無関係な名が付けられています。自分の国の名前を英国が勝手に付けて世界標準にしていることに、反発して、英語表示による国名を変えさせたのは、タイ(←サイアム/シャム)、ビルマ(→ミャンマー)、セイロン(→スリランカ)ぐらいのものです。ビルマははるか大昔からミャンマーであり、首都はヤンゴンであった、最初に見つけたヨウロパのどこかの国のひとが自分の国の発音でローマ字表記したものを英国風に読み替えた結果、ビルマ、ラングーンなどになってしまったものです。
 さて英国論に戻って(笑)、ヨウロッパ大陸において世界の覇権を争うような英雄が出現することは英国にとって最も危険なことでもあるため、常にこれをつぶすことが英国の政治だったとも言え、かの有名なジャンヌダルク、ナポレオンなどのフランスの英雄は葬りさられています。又、ある意味でヒットラーも同じ運命に陥りました。不思議なことにナポレオン、ヒットラーの両者は共に過去最大規模で民衆に支持されて統率者になった人であり、封建時代の王者達とは全く違い、民主的に選ばれた統率者であったという意味で、よく似ています。又、共に知識階級からは疎まれ、一般市民の圧倒的多数から応援されたところなど、そっくりです。フランスでは、知識階級が干渉勢力(英国)に抱きこまれて国を売る行為が常に起こり、ジャンヌダルクもナポレオンも同胞から裏切られるというお国柄がフランスという国をよく現しています。このコンプレックスの裏返しがフランスの尊大さになって現れていると想定されます、かの有名なドゴールもドイツに負けて、いち早く英国へ亡命し、海の彼方から遠吠えしていただけの英雄らしい(笑)。ヒトラーのドイツでは、国内からの裏切りは起こりませんでしたが、ナポレオンと同じく、ロシアを攻めて失敗した事が、大きな躓きとなって最後には共に英国につぶされて、邪悪なものとして扱われております。現代の歴史上ヒトラーほど、大衆の支持を得て権力の座に就いた者は例がありません。選挙制度が無かった時代のフランス革命の総仕上げに当たり、民衆がナポレオンを帝位に押し上げたことと並び立つ国民的英雄だったはずです。

左:ナポレオン ボナパルト        右:アドルフ ヒットラー

 ナポレオンはフランス革命の中で王軍との戦いで名声を得て、せっかくブルボン王朝を倒した市民軍から帝位に押し上げられた歴史を持ち、ロシア・英国に敗れてエルバ島に幽閉された後、単身脱出して再度フランス軍を立て直し、英国中心の干渉国軍を蹴散らすところまで回復しております。市民の支持が大きかった証拠でしょう。最後は国内の裏切りもあって英軍にワーテルローで敗れましたが、その後はセントヘレナへ死ぬまで幽閉され、英国にとっては恐怖と憎しみの存在だったことと、以後のフランスが彼を助けなかったことなど、それ以前に起こったジャンヌダルクを魔女として英国の要求どおり火あぶりで処刑したことなどと合わせ、救国の英雄を英国へ売り渡すフランスの政治力の弱さが現れています。

同じく現代のヒトラーは敗者として歴史書には悪の標本のごとく、これでもかというくらい書き立てられていますが、裏を返せば死後60年が経過しても現世界の覇権を握っている勢力からはいまだに恐ろしい存在であり、再現防止に躍起になっているということだと推理できます。ナポレオンにしろヒトラーにしろ、もしも彼等が英国勢力に勝っていたら別の世の中が出現し、歴史上神格化された英雄、統治者として邪悪なる英国を滅ぼした救世主になっており、私たちが学校で学ぶ対象になっていたはずです。

 地球は、おそらく独米日の3極体制の世界になっており、秩序が保たれた全く別の管理文明社会が発達している可能性もあります。当然この場合は東洋の覇者は日本でしょうねぇ(笑)。 イスラムのテロもなくイスラエルと言う国家の誕生もなく、全世界が平等の人権を持つなどという馬鹿げた?思想は起こりえないでしょう。強い者のみが繁栄し、強いものが決めた秩序を受け入れないものは抹殺されるか自滅するかを選ぶしかない。これが神の定めた地球の全生物の摂理だと思います。

 東洋において歴史書はその時代の王朝が学者に命じて書き残させたものという性格がよりはっきり出ております。戦いに勝って覇権を握ったものが常に正で敗者が悪であることになります。東洋における巨人は中国であり日本のみが中国の侵攻を戦いの末破ったことで、唯一対抗して存在できた独立国であった実態の中、朝鮮半島が中国の影響下にあって、内乱の繰り返しの中、時により日本と組もうとして応援を求めたことから、日本の進出が始まり、結果的には日本が朝鮮半島で勢力を強める形になりました。朝鮮への関与は聖徳太子から始まる古代の任那、百済経営から、秀吉の出兵、明治以来の展開へと続いており、古代から中国に対し朝鮮半島での権益を認めさせる外交を行ってきております。いわば朝鮮半島は日中関係における勢力争いの土地であったのです。
 終戦までの朝鮮半島の帰趨は明治時代に日露・日清の戦争の結果、日本が条約で譲り受けたものであり、朝鮮国との戦争で侵略したものではありません。要するに日韓問題などは存在していないわけです。日中露での勢力範囲の設定で決まる問題としての土地であったわけです。日本が進出していなければ、満州(現中国東北3省)と朝鮮半島は間違いなくロシアの侵略下にあって、遅くまで独立も適わず戦後の長時間をソ連圏の衛星国として辛酸を舐めてきている可能性が強いと考えられます。

一方、日本は世界で唯一国家の成り立ち以前・以後の歴史が論じられていない奇妙な国です。これは戦後の間違ったデモクラシー思想による過去の否定により、唯一存在する歴史書としての古事記、日本書紀などや言い伝えなどによる神話的伝聞が虚偽であるかのごとくさげすまれ、奈良時代以前の歴史が無くなってしまっているからです。文字によって書き残された文書がない古代の歴史は神話的伝聞、言い伝え、などを書き綴った古事記などの研究と考古学によって真実がおぼろげにでも現れてくるものです。わずか2000年前の日本列島に何が起こっていたのかさっぱり判らないというのも異常でしょう。多分日本列島には北方から渡ってきたアイヌ人と南方からの米作民が混血しながらが先住民として全国に生活しており、狩猟・採集と簡単な農耕とで生活をしていた、これが縄文人といわれるものだと推定しています。
 ここへ金属の道具を持った朝鮮半島からの移住者がやってきて武器・農機具の大幅な改善があり、北九州や出雲を拠点に列島を征服して王朝を立てた、これが弥生人であり、最初の統一者が神武天皇と後世言われた人であり、彼が治世上祭祀として表面に立てた女性が卑弥呼であり、天照大御神とされていると、推理できます。邪馬台国とは九州福岡に起こった小国の王子(神武天皇)が東征して大和(堺~奈良)に至り、統一王朝として建てた国の名前であり、すなわち大和王朝のことだと推理できます。

 いま、奇妙に一致するのは北海道のアイヌ民族と、沖縄・鹿児島南部に昔から住んでいる人たちの顔付き、毛深いこと、その他の身体的特長がよく似ていますが、朝鮮からの渡来人が列島を征服し、大和王朝の権力を広めるために先住民たるアイヌ系の人々を北と南に追い詰めていったとすれば理解できるものです。北は蝦夷、南は熊襲と呼び、蛮族扱いしていますが彼らこそ列島の先住民族であり、全国から出土している縄文遺跡は彼らの文化だったと言えるものです。青森にも、九州と同じような縄文遺跡が出土したことがそれを証明しています。青森地方は弥生時代以降明らかになっている日本の古代史上には存在していない地域だったはずです。陸奥として開発されたのはせいぜい、平安の後期から鎌倉・室町時代にかけてのはずで、それまでは蝦夷地と呼ばれた別の世界だったはずです。その青森に、大和人が到着するはるか以前に全国にある縄文遺跡と同じものがあったということは、九州にも青森にもアイヌ人がおり、彼等が縄文人であること以外には説明し得ないものです。北海道の蝦夷人も沖縄人も和人もしくは大和人(ヤマトンチュ)と本州人のことを別の人種として呼んでいます。

 神が新しい土地を作り出したうえ、国も新たに作られたばかりであれば、ヤマトタケルノミコトは一体誰を征伐に東国へ向かったのか? 研究者達には当然わかっているはずのこの事をなぜ我々一般大衆が、知らされていないのか、学校で教えないのか、不思議な国です。渡来人が朝鮮半島より来たりて、北九州に国作りを行い中央進出を始めたのと同時に、ここにもう一つの渡来人たちの国、出雲が絡んで覇権争いがあり、最初に畿内を征服した出雲族との大きな戦争があり、最後は九州勢が出雲族のスサノオノミコトを破って大和王権を樹立したのが邪馬台国と記録されている北九州出身の神武天皇(送り名)だと思われます。以後出雲族は鬼として嫌われ完全に同化するまでに長い年月が掛かったようです。
岡山の桃太郎伝説などに現れておりますが、出雲に逼塞して静かに暮らす人々を単に武勇の証明のために山越えに襲って数人を殺して帰ってきた者が果たして勇者でしょうか?出雲側から見れば只の乱暴ものが襲ってきて直ぐに逃げ帰った悪者としてしか見れないはずです。出雲にしろ北九州にしろ朝鮮半島から島伝いで渡来するには一番近いポイントですので、弥生人=大和人がどういう起源で始まったかは明らかなことだと思われます。この推論が正しいとするとわが国が何よりも大切にしてきた天皇家の血筋が朝鮮半島からの渡来人の血を引くものとして明らかになってしまいます。韓国や中国ではこれが当たり前の定説になっておりますが、肝心の日本が歴史をゆがめて直視していないと批判されているようです。朝鮮半島からの渡来人の子孫たちがアイヌ人(縄文人)を征服して大和王朝を立てた弥生人だとすると、日韓の関係も随分違った見方ができますが、それはやはり都合が悪いこととして、敢えて隠してきたとしか思えません。主語の次に目的語や補語が続く言語は世界に日本語と韓国語だけと聞いています。他の言語はすべて主語の後に動詞が来て、最後に目的語・補語などが続くように使われているそうです。
 大和朝廷が確立された後も、高句麗・百済などの朝鮮半島の国々が滅亡があり、大量の渡来人がやってきたと想像されます。対馬/壱岐などの島伝いなら小舟でも往来できたと思われます。 彼らが持ち込んだ技術が文化が、平城京・平安京の文化となって花開いたともいわれます。
  ただし、間違ってはいけないことがあります。朝鮮半島にしても中国にしても何度も異民族による支配の交代が起こり、現在の中国は高々100年、韓国に至っては70年ほどが成立して以降の歴史であり、日本のように2000年もの歴史がありません。2,000年ほど前にやってきた朝鮮半島からの渡来人が現在の韓国人の祖先であったかどうかは彼等の歴史を良く見なければなりません。朝鮮半島の歴史書は殆ど存在していませんので、良くわからないのですが、朝鮮半島の民族はなんども入れ替わっており、王朝も幾つか乱立し単一の民族ではありません。少なくとも現在の韓国人や中国人が当時の渡来人だとは言えません。
 又、日本国、更には天皇家が朝鮮半島から渡来した人々の子孫だとは認めたくないという国内事情もあり、天皇陵の発掘など考古学的な検証も禁止しているのです。

 さて、日本国創立の更に2000年以前(4000年以上前)には、いったいなにが??これも興味があるところです。石斧でマンモスを追っかけて生活していたままで何万年も経過してきたとは考えられません。沖縄の海中から発見された石造りの階段様建築物の話、エジプトのピラミッド、インカの巨石文明など、縄文時代以前にありえないことが実際に遺跡として残っております。わずか最近の数百年に恐るべき進化を遂げてきた人類が、過去には数万年の間同じ石器時代の生活を続けているはずはありません。

  こんなことを考えるとアトランチス大陸、ムー大陸など、過去に一大発展を遂げて滅んだとされる、先史時代が何度も繰り返したらしいことが真実として考えられてくるようになります。グラハムハンコックの「神々の指紋」もそんな仮説を打ち立てる小説です。
 大氷河期は6度繰り返されたという、考古学的な指摘もあります。

 太陽に対する地球の回転軸も過去に数度の変化があったとする説や、ピリレイスの地図にみられる、現代と全く異なる世界地図など、地球には人類滅亡に至るような大型の天体の衝突事故が何度も起こり、地表の大幅なずれや、地球回転軸の変化を呼び、文明世界が消滅して、生き残った人類が、原始生活からの復活を遂げたという歴史を何度も繰り返してきた、という。 現代こそ何度目かの滅びに向かってまっしぐらの爛熟期かもしれないと考えると面白いものがあります。

 厳寒のシベリアでマンモスのような大型の獣が繁栄するはずはなく、熱帯・もしくは亜熱帯であった地方が、地軸の変化なのか、北極地方に地面がずれてしまったのか、で、一気に冷凍死で、滅んだというのが、真相だという。
 一方で、南極の氷の下の大地には石炭が露出しているという、以前森林地帯であった証拠なのです。  どんなハルマゲドンが起きたのでしょうか、一度だけだったのか、何度も繰り返されたのか?
 古代インドのサンスクリットの叙事詩には宇宙空間を飛ぶ飛行台の話、核戦争と推定される衛星都市間の戦争から、人類の滅亡への歴史が書き込まれているといいます。ノストラダマスの予言といいますが、これは過去の歴史そのものであるのです。一定の期間で繰り返されている輪廻なのです。先史時代の人々はそれを理解しており、星の研究で滅亡がやってくる時期を計っていたとされます、その天文台の遺跡がピラミッドであり、インカの神殿だったということのようです。滅びに際して生き残った僅かの人々が原始生活に立ち戻り、そこから又這い登って文明を打ち立てるまでの間に何世代のも間、言い伝えとして受け継いできたものを呼び出せる特殊能力の持ち主が神の子として、宗教の始祖になっただろうと思われ、その言い伝えの中に神が天から降りてきた話は世界のあちらこちらに同じような例があります。キリスト、天孫降臨、仏陀生誕など皆同じ2000年前です、さらにそれ以前の2000~4000前、いまから4000~6000年前ごろに何があったのか、多分何度目かの人類滅亡のハルマゲドンが発生したはずです。(1999年ノストラダマスのこの世の終わりの予言は外れましたが、いま、新しい天体が地球に衝突するかもしれないとニュースが出てまいりました。)かつてそのことを予測できた先史時代の文化人は避難していた宇宙船から各地に降り立ち、原始生活に立ち戻っていた人類の子孫に、神として迎えられ、神話として伝聞が引き継がれ、後に歴史書に書き記された存在となったものと考えられます。我々は脳に書き込まれている潜在意識の僅かだけしか活用していないといわれていますが、なかに普通以上に活用できる人・超能力者・預言者と言われる人達が居てもおかしくありません。手塚治虫の書いた鉄腕アトムが書かれたのは60年も前ですが、話の中でアトムの生まれたのは2003年になっています。現実にソニー、ホンダなどの2足走行ロボットが実用化されてきました。他にも過去に書かれたSF小説の夢の世界は殆ど実現しています。すべて過去の歴史の中にあることを振り返って見ることの出来る人が居るということではないでしょうか(決して未来の予見ではありません、未来の予見は不可能なことです。)。4次元の時間の流れというものの中で、過去・現在・未来を見てみると全部一つの流れの中に存在し、それが一本の線と見ると随分長いものになってしまいますが折り曲げて畳んであったり、ロール状に巻きつけてあれば、ショートカットして、直ぐ隣に行くことも可能になります、いわゆるワープです、こうして時の流れの中を、あちらこちらへ出没することがいわゆるタイムトリップですが自分が居る位置次第で、過去が現在になったり、未来も更に過去になったり、と、こういう脳力を持った人が、ある場合は預言者として扱われたり、あるときは魔法使いにされたり、また神の子として、宗教の始祖になったり、超能力者としてTVのタレントになったりじゃないのでしょうか。政治家になった場合がヒトラーであったかも知れません。ドイツ国民の大多数を惹きつけて魅了した人物でもありますが歴史を変えようとして失敗したのかも知れません、こんなことを考え出すと歴史はSF小説だったり、ロマンに満ちた物語であったり非常に面白いものがあります。

以上雑多なエッセイめいた私論を披露してみましたが長文のため読んでいただけるのか心配ですね。歴史とは勝者による物語である、というところから書き起こし、英国はけしからん論になり、ナポレオン・ヒトラー論に移り、古代以前の先史文明論に変わり書いている本人も混乱するような、壮大な(笑)推論の積み上げに驚かれたかもしれないですが、興味を持って読んでくれた人があるなら嬉しいです。

議論、討論の類の論戦になると面白いですので、是非異論をぶっつけて下さい。
                       
 マンダム記