75回目の終戦記念日 ⚔

1939年生まれの私には大きな意味を持つ終戦の日です。子供ながら戦争が終わってよかったという記憶が強烈に残っています。戦争に負け無条件降伏をした敗戦記念日なのですが、終戦と言い換えるのは、日本的なうやむやさが良さでもあり、優しさでもあると思います。
 中国大陸への侵略から始まった日中戦争が際限もなく拡大し、国の能力を超えて膨大な範囲に軍隊を進め、北はモンゴルとロシア、東はハワイ、南は赤道を超えて南洋諸島、西方へはフィリッピンからインドネシア、途中にあるベトナム、マレーシア、シンガポール、最後はミャンマー・インドまでも軍隊を進め、結局は一部を除いて全滅に近い大きな損害を出して敗退し、最後は原子爆弾を落とされて全面降伏に追い込まれた記念日です。日本人全員が戦争犯罪者として罪を被り、誰かに責任を押し付けることはありませんでした。国民の熱狂が戦争を推し進め、新聞などのメディアが更にその熱狂を煽り、軍部・政府も押し流されて泥沼に入り込んだのです。木製の荷車で物を運んでいた日本と既に自動車が一般に普及していたアメリカとの工業力の差はいかんともし難く、膨らみすぎた戦線は各所で全滅に近い負け方を喫し、講和を請う仲介を当時相互不可侵条約のあったソ連に依頼するしかなかったという、最悪の国際的立ち位置の中で行い、それがソ連の対日戦争への参戦を招く最悪の結果となり、50万人ものシベリヤ抑留と言われる強制労働に繋がりましたが、原爆被害もソ連に抑留された被害も皆我慢しました、日本が戦争を起こし、負けてしまった国だからです。
 靖国神社問題については考え方を変えるべきでしょう。軍国日本の象徴でもあり、国の為に命をささげた兵隊さんではありますが、中国やアメリカから見れば突撃してきた日本兵を殺した方が英雄であり、殺された日本兵が神として祭り上げられることに違和感があるのは当然だと考えなければいけません。「見ておれよ、何時か力をつけて叩き潰してやるからな。」と映るような国家神道を代表する神社ではなく、戦没者祈念墓地的なものであるべきでしょう。
 以後の75年に日本は大きく変わりました。国中の都会や工業地帯はすべて米軍の空襲による焼け野原で、その日に食べるものもないという貧しい状態から、今日の発展は想像もできないほどです。外地から引き上げてきた人々や軍隊が解散となって復員した人たちが中心となって行った復興努力は凄まじいもので、日本人の力を世界に示しました。
 世界を見まわしても、第2次世界大戦の終結は大きな変化を呼び、アジア・アフリカ・中東諸国は西洋の植民地から独立し、国連参加国は戦前の国際連盟時代の50ヶ国程度から、190を超える数となっております。そんな中で日本は大きな力を持つようになってきています。
 過去の歴史を教訓として戦争を避けることに力を尽くし、世界平和の守り神として存在していきたいものですが、中国の軍事力増強により、世界は米中2大国の覇権争いが起きています。コロナ禍で全世界が苦しむ中、中国の膨張主義を悪とする感覚が世界的に共有され、米中衝突もあり得る状況が心配されます。この中国の姿勢にかっての日本を想像させるものがあり、衆愚政治の恐ろしさを感じます。(衆愚政治=「山本五十六」の言葉だと言う:無知な大衆がメディアを巻き込んで熱情的な政治:戦争へと導くこと=冷静な分析に基づく客観的な判断が欠けていることを言う。)
 コロナ禍を抑え込んだ台湾は法学博士が総統を務め、医学者が厚生大臣を務めるような、専門家・学者を集めた政府であり、衆愚と言う言葉の反対側にいます。一方で民衆デモですべてが決まってしまうという韓国は最も衆愚政治が当てはまる代表であります。
 果たして今日の日本は?
 アメリカの尻馬に乗り、朝鮮・中国と戦争に乗り出し、勿論日米連合が勝利するも、アメリカが引き上げてからも日本独自で進出を深め、最後はアメリカと対決し、再度叩き伏せられる。 これが歴史は繰り返すです。怖いですねぇ(^^♪。  ← ← 絶対避けなければなりません。

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