台湾女子プロ 涂阿玉さんの思い出 ⛳

 
私がゴルフを始めたころの有名女子ゴルファーといえば樋口久子さんと台湾の涂阿玉(トアギョク)さんの二人が有名でした。森口裕子さんや岡本綾子さんが登場したばかりのころです。
私も90台でラウンド出来るようになり熱が入っていたころです。丁度名古屋の三好カントリークラブで東海クラシックの女子部門の大会があり、誘われて見に行ったことがありました。
優勝したのは台湾の涂阿玉さん、上記写真の女性です。今どきの日本女子のように背が高くすらっとしたタイプでとても魅力的だった記憶があります。
現在はどうしているのか気になったのでネットで検索したところ台湾で67歳となって健在のようです。日本プロゴルフの永久シード権を持ち日本プロゴルフ殿堂入りもしています。

前列右から3人目の女性が阿玉さん。台湾の出身ですが日本女子ゴルフ界で活躍し、ミズノに所属するプロとして日本プロゴルフ殿堂に顕彰された日本人扱いされています。
 私が見に行った東海クラシックでは見事優勝しました。クラブのレストランで出会ったので、売店で新しいゴルフ帽子を買ってから、その帽子にサインをしてもらいました。先に森口裕子のサインをもらっていたので、涂阿玉さんと二人のサイン入りの帽子を持っています。
現在67歳とのことで、元気な様子ですが台湾の豊原(台中市)に住んでいるそうです。
写真もネットで見つけました。

 当時はゴルフが大流行しており、私も夢中と言う時代で、週一のゴルフでしたが、5年ほどで90を切り、やがて50歳前後で80を切ることもあって、ベストスコアは78が2回あります。これは明瞭に覚えており多治見CCと桑名国際CCの鈴鹿コースにて記録しました。イーグルの記録も4回ほど出ました。週一のサラリーマンゴルファーとしては出色の成績だと自負しています。
 やがて、腰痛に悩まされるようになった原因もゴルフらしく、同じ方向へだけ腰を回すのが良くないようで、脊柱管狭窄症になりゴルフをやめましたが、それまでの10年ほどは夢中になって打ち込んだものです。今となっては懐かしい思い出として記憶に残っていますが、そんな中での思い出の女子プロとして涂阿玉さんがまざまざと記憶に残っており、素敵な女子ゴルファーでした。
当時はゴルフのプロとして生活するには日本しかなかったらしく、台湾の男子プロも日本で活躍していました。陳清波、呂良煥、謝敏男等の名選手が日本の大会で優勝して、名前を挙げました。
左が呂良煥氏    右は謝敏男氏 

 台湾勢に負けじと日本もジャンボ尾崎、青木功、中島常幸などが台頭し、TV放映も盛んでまさにバブル時代に花形となったスポーツです。
 何時しかバブルが萎むと同時にゴルフブームを終わり、懐かしい思い出の中に埋没してしまいました。

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